もしあなたが病んでしまう風俗嬢だったら

そもそも何故に風俗業は成り立つのか

女性の〈性〉を提供する風俗業。

それは、人類が始めて作り出した〈仕事〉だとも言われています。

人間の三大欲求《食欲・睡眠欲・性欲》ですが、そのうち《性欲》だけが、独りでは本当に満足に至ることが難しいでしょう。

人間は自慰行為(オ◯ニー)をすることもできますが、それはあくまで代替として使われることが殆ど。

まずそもそも、人間の三大欲求は何故に存在するのでしょうか?

それは『肉体の維持、そして繁栄』の為です。

そのうちの性欲のみが、肉体の維持ではなく、肉体から肉体へと、生命を繋ぐ繁栄の役割を果たしています(人類全体から見れば、食欲・睡眠欲は個体を減らさない為、性欲は個体を増やす為)。

これは、人間として生まれたら、肉体に備え付けられる基本的な《機能》です(もちろん欠損などによる例外もあります)。

男性の肉体が、この欲求から逃れることは非常に難しく、そこに対象である女性の肉体が提供されれば、拒む必要性は全く無いどころか、どんな犠牲を払ってでもそれを求めてしまう《宿命》とも言えるかもしれません。

人類が性的サービスを始めたのも、今現在もそれが大きく拡大しているのも、至極当然のことです。

少し大げさかもしれませんが、あなたが何かしらの事情があって風俗で働いていたとしても、人類のマクロな(大きな)視点で見れば、それは全体に求められたのかもしれません(行われていることの《全体性》については、また別の記事で記したいと思います)。

色々と小難しく書いてしまったかもしれませんが……この項で述べたいのは、つまり「もし、あなたが風俗嬢でも、それに対して何の罪悪感も自己否定も持つ必要はありませんよ」というのを、まず最初にお伝えしたかったのです。

そもそも何故に風俗業は成り立つのか

病まない風俗嬢と病んでしまう風俗嬢の違い

この記事の本題に入りましょう。

病まない/病んでしまうの違いは何なのか。

そのキーは〈自我〉にあります。

あなたが自分だと思っている自分、それが自我です。

※色んな言い方がありますが、とりあえずこの記事の中では〈自我〉で統一します。

「これは私のもの」と何かを指す時、その〈私〉が自我になります。

自我はその個性を強めようとするのが特徴で、沢山のものを「欲しがったり」または「欲しがらなかったり」します。

沢山のものを欲しがる自我、もっともっとと求めようとする気持ちが強ければ、自我は強固になり、そうなれば外部からの刺激に守られると〈思い込み〉ます。「病まない風俗嬢」の多くはこちらです。

逆に、沢山のものを欲しがってはいけないと、私なんかがいけないという気持ちでも、自我は強固になります。自己否定や自己卑下をすることでも〈思い込み〉が強まります。「病んでしまう風俗嬢」の多くはこちらです。

少し混乱させてしまうのですが、ここがキーです。

つまり「欲しい!」と思っても「欲しがってはいけない!」と思っても、自我が強まるのです(ややこしいですね)。

前者は病みずらい場合が多く、後者は病みやすい場合が多い。

ただ、前者の「病まない風俗嬢」も、結局別の形で、壁にぶつかってしまうことが多いです(30代半ばも過ぎると、突然スピリチュアルに傾倒する女性が増えるのもこのためかもしれません)。

風俗嬢として働いている間に病もうが病むまいが、〈自我〉をクリアにしなければ、それぞれの課題や問題が止むことはないのです。

であれば、解決は先にしてしまった方が幾分楽かもしれません。

もしあなたが、どちらかといえば「病んでしまう風俗嬢」なら、むしろチャンスです。何故なら、こうやって自我の課題に取り組むキッカケが把握しやすい傾向にある為です。

解決してしまいましょう(苦しみや哀しみは、今はちょっと小脇に置きましょう)。

病まない風俗嬢と病んでしまう風俗嬢の違い

今取り組めることは「取り組まない」こと

先ほど私は「苦しみや哀しみは、今はちょっと小脇に置きましょう」とお伝えしました。

実行して頂けましたか?

はい、ありがとうございます。

実行してくれたあなたは、本当に素晴らしいです。

〈苦しみ〉や〈哀しみ〉が『ちょっと小脇に置いておける』ことに、あなたは気が付きました。

今度はこれと同じように「あなたが自分だと思ってる自分」を、ちょっと小脇に置いてみてください。

スマホをちょっとテーブルに乗っけておくように「あなたが自分だと思っている自分」を、一旦置いてみましょう。

こちらは難しかったでしょうか?

あなたが〈あなたの思考〉を、自分だと考えていたら、難しいかもしれません。

でも、そうでないことを、あなたはすでに気が付いています。

先ほど〈苦しみ〉や〈哀しみ〉をちょっと小脇に置いたように、日頃「あなたが自分だと思っている自分」を、ほんのちょっとでも小脇に置いておくことは、今のあなたには容易です。

ほんの10秒だけでもかまいません。

「何の意味があるの?」と思うかもしれませんが、その思っている〈自分〉を、ちょっと小脇に置いてください。

「何の意味もなかった」と思ったかもしれませんが、その思っている〈自分〉を、ちょっと小脇に置いてください。

「で、結局何なの?」と思ったかもしれませんが……。

とりあえず、これくらいにしておきましょう。

キーは、日頃「あなたが自分だと思ってる自分」は、置いておけること。

本当のあなたは自我などではない、ということです。

今取り組めることは「取り組まない」こと
思い出そう
  1. 自己否定や自己卑下をする必要は、全くない
  2. もし病んでるなら、それは課題を解決するチャンス
  3. 自分だと思っている自分を、ちょっと小脇に置く