最高のセックスをする為に瞑想が役立つ理由

思考を一旦やめる/思考観察できる立場

いきなり《瞑想》と言われても、そもそも何のことかわからない方も居るかもしれません。

世の中には様々な瞑想方法がありますが、その殆どが意図する点は共通しています。

それは「瞑想をする」は『していること(行為)をやめる』ということ。
その〈やめる〉ことの中には、思考(思ったり考えたり)が含まれます。

常日頃、頭の中では思考が繰り返されています。
あなたがそれを「やめよう」と思っても、殆どの場合ストップすることはありません。

《瞑想》という形態を取ることによって、それがストップしやすい状態になります。
あるいは、思考を淡々と《観察する》立場に留まることが容易になります。

思考を一旦やめる/思考観察できる立場

ふと気が付くのは《思考 ≠ 私》です

多くの人が〈思考 = 私〉だと認識しています。

「いや、そんなことない」と思うかもしれませんが、ご自身を観察してみてください。
苦しみや悲しみの全ては、思考と私を同一視しているところから生まれています。

自分とは関係の無い、見ず知らずの人が、どれだけ苦しいと思っても悲しいと思っても、あなた自身は、その見ず知らずの人と同じように〈苦しい・悲しい〉とはならないはず。

見ず知らずの人に対しても親身になって、胸を痛める哀れみの気持ちになるかもしれませんが、その人の〈苦しい・悲しい〉は、あなたとイコールにはなりません

しかし、あなたが〈苦しい・悲しい〉と思うと、あなたは苦しくなり、悲しくなります。
「そんなの当たり前じゃない?」と思われましたでしょうか。
あなたが〈苦しい・悲しい〉と思う = あなたは苦しくなり、悲しくなる。

日頃これが当たり前だと、認識しているかもしれませんが、このままずっと過ごすと、苦しみ・悲しみの原因を一つ取り除いたとしても、新たに苦しみ・悲しみの原因が見つかれば、負のスパイラルから抜け出すことはできません。

抜け出すには《思考 ≠ 私》つまり、思っていることや考えていることは、私では無いと、気が付く必要があります。

大切なのは「そう言われたから、そう思う」ではなく、あなたにとっての自然な流れによって、あなた自身が気付くこと。他の誰を真似する必要はありません。あなたには、あなただけのタイミングがあります。

ふと気が付くのは《思考 ≠ 私》です

シフトによってセックスの質は向上する

人は〈しようとすればするほど〉その行為への欲求、つまり〈欲する〉思考が強まります。

お互いが「したい!」と高まったソレを、ぶつけ合うようなセックスは非常に刺激があって、スリリングで楽しいのですが、同時に中毒性があり、無くなるとまた欲し、やがて〈苦しみ・悲しみ〉が生まれ、そこから《幸せ》に至ることは少々困難。

ソレは麻薬と一緒です。
ヤッてる時は楽しい思考→しばらくして寂しい思考→もっと刺激を欲する思考の繰り返し。
経験としては悪くないですが、この負のスパイラルからは抜け出した方が良いでしょう。

そこから抜け出さないまま、本当の意味での《最高のセックス》を知らずに、人間の身体での生涯を終えてしまうほうが「もったいないのでは?」と思います。その至福感たるや、刺激だけのセックスとは、比べ物になりません。

瞑想で《思考 ≠ 私》という気付きが深まると、セックスの質が飛躍的に向上します。

「刺激によって相手にエネルギーを欲求する仕組み」から『循環によって双方のエネルギーが無限に生み出される仕組み』へとシフトします。

そのためには本来的には、瞑想という形で取り組まなくても、自分がワクワクして夢中になれることに没頭すれば、自然と瞑想(思考がとまる・観察する)状態になるので、それで良いのですが、それだと「私がワクワクして本当に夢中になれることって何だろう?」という、また別の探求(欲求)が始まってしまう可能性があります。

効率的に《瞑想》が手っ取り早いし、楽なのです。

しかし、これまで刺激に慣れすぎていると、楽なはずの瞑想が、非常にしんどい場合もあります。つまり《なにもしない》方が難しいのです。

まずは一分間。

ただ座って、何もせず、頭に浮かんでくる思考を落ち着かせ、浮かんできた思考を、淡々と観察してみることから、試してみましょう。

ゆっくり慌てず、楽な気持ちでどうぞ。

シフトによってセックスの質は向上する
思い出そう
  1. 瞑想とは、思考をとめる/観察すること
  2. 自然な流れで《思考 ≠ 私》だと気付く
  3. エネルギーの使い方が変わると、セックスは良くなる