会話で男性のハートを掴む為に必要な1つの意識

意識が変わるとテクニックが何倍にも活きる

それが狙っている意中の人であっても、仕事上の接客相手であっても、あなたがその男性のハートをしっかりと掴めることは、あなたにとって、そしてその男性にとっても、好ましい流れを生みます。

必要なことはなんでしょうか?

喋り方や仕草、相手との距離や、触れ方など、そういったテクニックは無数にありますが、この記事では根本的な『意識』といった観点から述べていきます。

あなたが既にテクニックを持っていたり、これからテクニックを得ようとしているのであれば、それが何倍、何十倍にも活きることになるでしょう。

是非とも習得して頂きたいと思います。

意識が変わるとテクニックが何倍にも活きる

その願望が「分離感」を補おうとするものならば

あなたが相手の男性へ望むことはなんでしょうか?

口説き落としたい?

口説いて欲しい?

私の虜にしたい?

恋人にしたい?

抱いて欲しい?

その思惑は何でもかまいません。

「こうしてほしい」や「こうなってほしい」という思いや考えがある時、それは1つの『願望』と言えます。

あなたが、あなたなりのテクニックを使おうが使うまいが、それは成功することもあれば、失敗することもあるでしょう。

短期的には成功に見えても、あとから考えたら「アレは無いほうが良かった……」と、失敗に考えてしまうこともあるでしょう。

あなたがこれまでどれくらいモテて来たか、またはモテなかったかに関わらず、あなたの願望が「分離感」を補おうとするものであると、成功と失敗が繰り返されるような現実に翻弄され、最終的には、何故か失敗の方に着地してしまいます。

あなたが望むのは、刹那的な刺激でしょうか?

例えそうであったとしても、それによって残るのは、後悔であるよりも、幸福感であった方が良いのではないでしょうか。

であれば、先に上げた「分離感」について、一度見てみることが役に立ちます。

「分離感」とは何でしょうか?

あなたは男性と対面し、何かを望みます。

そもそもの、ここから見てみましょう。

あなたは男性と対面している時、自分とその男性との間に、どんな違いを見ますか?

「私は私、そして、あなたはあなた。私とあなたは別の人」

ここから見直してみましょう。

あなたが考える「私」の境界線は何処になりますか?

大抵は皮膚を指すのと思います。

そして相手の境界線も、大抵それを指します。

私が居て、あなたが居て、その間に距離がある。

あなたはこういった認識を採用していることと思います。

つまり、私と、あなたと、その間の距離と、すべて分かれている、分離しているという認識です。

当たり前の認識だと思われるかもしれませんが、この点を改めて、認識を変えてみましょう。

その願望が「分離感」を補おうとするものならば

もう既に『会話で男性のハートを掴んでます』よ

分離の境界線を1つずつ見てみても、きっと不思議さを発見できるでしょう。

例えば、あなたはコップで1杯の水を飲むとします。

あなたと水は分離している、という認識でしょう。

あなたがコップを口につけ、水を一口飲みました。

あなたと水は分離していますか?

分離していたけど、体内に入った瞬間に、一体になったのでしょうか?

やがて水分は体内から排出されます(トイレで用を足しますよね)。

すると、一体となっていた水は、また分離するのでしょうか?

対面する男性でも考えてみましょう

わかりやすく簡略化する箇所もありますが、シンプルに考えてみてください。

あなたは息を吸って吐き出します。

相手の男性も同様に、息を吸って吐き出します。

お互いがそれをする時、何処から何処までが分離して、一体になっているのでしょうか?

酸素や二酸化炭素については、目に見えなくても、小中学校の理科で習ったような知識で、把握ができることと思います。

では「皮膚の境界線」はどう捉えるのでしょうか?

これもまた、ミクロの世界で突き詰めると、何と境界線は存在しないのです。

ただエネルギーが回転していて、その中心部は空洞になっています。

では、お互いの「思考」はどう捉えるのでしょうか?

なんとこれも全く一緒です。

エネルギーの回転が遅いと、触れるような物体に。

回転が速いと、触れないような思考になるのです。

つまり「私」も「あなた」も「その間の距離」も、全て同じもので出来ているのです。

その認識が何の役に立つのでしょうか?

あなたが分離の感覚を採用する時、あなたは何かを望むことになります。

相手にこうしてほしい、こうなってほしい、あるいは、こうなるのは嫌だ、といったことです。

当たり前ですね。

「私」と「あなた」は分離しており「私」には願望が発生しています。

「○○だったら良いな」とか「△△は嫌だな」といった思考です。

思惑が何であれ、成功したり、失敗したりするでしょう。

では反対に『一体感』を採用してみると、何が起こるでしょうか?

「私」「距離」「あなた」ではなく

『私距離あなた』と、このカッコで囲った部分全部一体です。

言葉で区切っていますが、それも必要ありません。

『      』

ここには何がありますか?

私も、あなたも、間の距離も、全部まるごと『空間(スペース)』として捉えられないでしょうか?

男性と対面する時、これを意識してみてください

するとあることに気が付きます。

私は何処にもいないのに、それを見ている私が居る。

私も距離もあなたも、全部一体となって、空間(スペース)です。

もはや願望を持つことが、できなくなります。

そもそも願望は「△△が○○になったら良い」という「△△」と「○○」を分離させて捉えているところが〈起点〉となっています。

空間(スペース)では、全て一体となっていて、すでに叶っている状態しかあり得ません。

〈起点〉であると同時に〈終点〉なのです。

「会話で男性のハートを掴みたい」ですか?

いえ、もう既に『会話で男性のハートを掴んでます』よ。

どんなテクニックを使おうが、使うまいが、既に掴み終わってます。

もし「わけがわからない」場合は……

まずは、その場所全体の『一体感』を捉えることを意識してみてください。

ある瞬間に、腑に落ちます。

むしろ、慣れてしまえば、こっちの感覚のほうが当たり前になります、必ず。

すると、あなたがこれまでどれくらいモテて来たか、またはモテなかったかに関わらず、あなたは『一体感』そのものであり、仮にあなたがどれだけ失敗を望もうが、成功するしかなくなり、すでに『幸せで在る』ことの幸福感が、あなたを包み込む(包み込んでいたことに気が付く)でしょう。

あなたは幸せで在るべきです。

もう既に『会話で男性のハートを掴んでます』よ
思い出そう
  1. テクニックは決して無駄にはならない
  2. むしろテクニックを最大効率化させる手法とも呼べる
  3. そしてテクニック無くしても、あなたはあなたの望んだ通りに