運命の人と出会う方法

今更こんなこと文章にするまでもないのだけど、一応。

まずは反対の『運命の人と “出会えない” 方法』を記すなら、もうそれは唯一つ。
『ありのままの自分を愛さない』こと。それさえ守っていれば、絶対に出会いは訪れない。

じゃ “出会う” 方法は『ありのままの自分を愛する』ことかと言われれば、厳密にはちょっと違う。愛することが、土台にあれば、方法は無数に出てくるし、自分だけの方法がちゃんとわかる(なので、それは方法・やり方ではなく在り方だ)。だから他人の方法を真似ても上手くはいかない、決して。

他人の方法も、ある一定の参考にはなるだろうが、土台となる『ありのままの自分を愛する』が満たされている時のみ、有効になり得る。これって本当にシンプルなことなんだ。難しく考えるな。いや、考えるな、ただ感じろ。

もしも結婚を望むなら……

その時の自分の『在り方』を見てみると良い。脚色せずに、ありのままを見る。そもそも「何故結婚したいのか?」という所を無視しては、出会いもへったくれも無い。何かを待ち望みながら、本当に望んでいるものがわからない状態では、高い確率で、現実の出来事も混沌としているだろう。何となく、惜しい感じのところまで行くが、失敗パターンはいつも一緒、といった具合に。

現実は、自分の『在り方』の通りに展開している。不足感たっぷりであれば、現実にもそのような出来事が多いはずだ。遠回りで面倒に思うかもしれないが、まずは「自分のありのままを、そのまま見てみる」ことが良い。いつか暇になったら、じっくり腰を据えて行う、ではなく、今スグやるのが良い。幸せを先送りにしてはならない

自立・自律しよう

真のパートナーシップとは『自立・自律した者同士』にこそ訪れる。自分の不足を、空想上の理想的な人物に満たしてもらうばかりでは、永遠に出会いは訪れない。やがて歳を重ねていくと、空想の膨らみが助長されるばかりで、現実を直視することの方が困難になる。幾つになっても素晴らしい結婚のチャンスがあることは事実だが、それには『自立・自律』することが大切なキーになる。

形式上のことも大事だ。もしも、今現在の生活スタイルに(家族・親族を含めた)他者への依存があるのなら、そこから抜け出すのが手っ取り早い。上手く行ったら抜け出すのではなく、抜け出すから上手くいくのだ。順番を間違えてはならない。適切な順番とは、思考が浮かべるのと大抵『逆』なのだ。

運命の人の定義とは

線引は人それぞれかもしれない。出会った全ての人を『ソウルメイト』などと呼べるかもしれないし「そういうことじゃない」のかもしれない。

ただ決して無視してはならないのは、最も足る『運命の人』とは、間違いなく『自分自身』である。自分のことは自分が一番わかっている。一番長い付き合いだし、一番近くにいる。それは今までも、これからも。そんな最愛の自分をとことん愛してみよう。

運命の人と出会ったのに、その人を愛することを、他の誰かにさせるだろうか?

「ねえねえ、私の恋人を、代わりに愛してあげてくれない?」などと、友人に頼まないだろう。それを『自分自身』になると、他人に任せる者の方がずっと多いかもしれない。そこだ。そこが間違っている。自分を愛するという責任を、他人に背負わしてはならない。それは、自分で自分を幸せにすることを放棄しているのに等しい。

ありのままの自分を愛する

愛せない自分もいるだろう。でもそんな「愛せない自分」を愛してみよう。そんな自分も愛せないなら、それすらも愛してみよう。それでも愛せないなら、それでも愛せない自分をも、だ。一番最後に、大きく包み込むように、無条件に愛してみたら良い。

「そうして何になるんですか?」と馬鹿野郎は聞くかもしれないが、そうせずには何にもならない。

愛は最強なんだ。覚えとけ。