天然石・パワーストーンって効果あるの?

東京に引っ越してから、散歩コースに神田明神が含まれたことがキッカケになり、自然と「場の雰囲気」みたいなものを感じられるようになった。

昔は、旅行でパワースポットと呼ばれる神社や自然に囲まれた素晴らしい場所に足を踏み入れても、それを感じることは皆無だった。造形や景色を素晴らしく思っても「パワーを感じる」みたいなことは、一切なかった。

それが、幾度目かに神田明神で「なんかクリアになる感じがする!?」と身体の感覚で気が付いた。こういう感覚を『パワースポット』と人は呼ぶのかと。それより以前にヒーリング技術を習得していたものの、感覚よりも結果にフォーカスしていた為、全く鈍感だったのだ。それが今となっては『天然石』の類にも興味が湧くほどになっている。

いやはや、人とは変わるものだ。

パワーストーンとの出会い

神田明神の敷地内に「EDOCCO 神田明神文化交流館」という建物があり、そこにはショップや喫茶店、イベントホールなどが設置されている。ここにパワーストーンの取り扱いがあり、何度も足を運んで、何度も眺めていると、段々と「石って綺麗だな」と感じるようになってきた。

最初に感じたのは、その美しさであった。それ以前には、道端にこれらが転がっていても何とも思わなかっただろうが、見れば見るほど魅力があるなと、徐々に惹かれていった。その効果・効能云々は二の次で、シンプルにその見た目に惹かれたのだ。

パワーストーンの初購入

そのブレスレットは赤と黒のツートーンカラーで、見た目が最高に好みだった。
添えられた説明には、次のように記されていた。

平将門様の旗をイメージしました

【黒水晶】
最も強力な邪気払い、夢の実現、権力の入手

【四川メノウ】
対人関係の調和、ストレスやプレッシャーをクリア

EDOCCO 神田明神文化交流館

世界征服を企む俺様 (!?) にピッタリだった。

石なんぞに何故にパワーが?

身に付けた最初の感覚。パワーを感じる、というよりは「特定のものに意識がフォーカスしやすくなる……たぶん、感じがする」といった具合だ。そこにはプラシーボが含まれているのも否定はしない。だとしても「意図すること」が容易くなるのなら、どちらにせよ結果と呼べる現象は起こりやすくなるのだろう。身に付けてみて初めて腑に落ちた。

これは確かに、人類の歴史で、幾度も天然石の効果を利用した人物がいるのが理解できた。その石が持つ固有の振動が、意識のフォーカスを後押しするのだろう。知識からではなく、体験から入ったのもまた、個人的に受け入れをスムーズにさせた要因だ。

パワーストーンに関する書籍

同ショップ内では書籍販売も行われていて、以下の2冊を購入した。

全く予備知識の無かった状態で読んだということもあり、読み物としてシンプルに楽しめた。

パワーストーンって名前が悪い

つくづく、スピリチュアルに関連付けられるものは、名前にこびりついた印象が悪い。既存の名称に新たな意味合いを付けたりするのが、また誤解の元になってる気がする(もちろん、それを見る側の勝手な認識なのだが)。科学的なエビデンスを前面に出さずとも、商売になってしまうのが、スピリチュアルの強みであり悪いところでもあるのだろう。

まぁそういった文句は置いておくとして。個人的には大体の内容を受け入れることが出来たし、それは自分の体感覚が伴っていたからだろう。効果は確かにある

パワーストーンとの適切な距離感

個人的な意見として。
期待する効果としては、サプリメントや栄養ドリンクくらいの位置に置いておくのが、日常を生きる上ではバランスが良いだろうと。過剰な期待は厳禁、といったところ。それ無しでは生きていけないとなっては、危うい。自分自身が本来持つパワーを、ストーンに委ねてはならないのだ。

自分自身の『本質』が大切だ。いつでもパワーは自分にある。ストーンはそれに気が付くキッカケに過ぎない。

どれだけ石が素晴らしかったとしても、その素晴らしさに気が付けるあなたに比べたら、石はただの石。あなた自身こそが、この世でもっとも素晴らしいのだ。本当に。

思い出そう
  1. パワースポットにパワーがあるのは「それがパワーだ」とあなたが認識するからだ
  2. パワーストーンにパワーがあるのは「それがパワーだ」とあなたが認識するからだ
  3. 花を美しいと感じるのは――と同様である