RAINOWL Vol.1

雨宿鳥 〜 あまやどり
遼太は《愛のリマインダー》としての対話にホッと一息ついた。
休む間もなく、そこに訪れたのは、一羽のフクロウだった。

はじまりは……

いつも雨。

……。

……どうだ調子は❓

えぇと、悪くないと思います💨

……いや、良いです。調子良いです🙌🏻

これまでの対話の中には、正直、言葉に迷ってしまった場面も少しあったんですけど、そんな時には、思い切って『自然の循環』を信頼したら、結果上手くいったんじゃないかなって思いました💡

「結果上手くいく」という所から始めたからだな。

結果から決めて、流れは任せる。

その通り、まさに。

でも特に、具体的な結果から決めていたわけじゃないんですよ❓

僕自身も「こういう流れで、此処にたどり着いたんだ!」って驚くこともありました❗

「愛に委ねる」まさにそれ、だ。

それに対話の中で、僕が発した言葉で、僕自身の認識がまた進んだと言うか、より深まったというか、何か不思議な感覚もあったんです……これってどういうことなんでしょうか❓

対話の中では、相手だけでなく、お前もまた、相手を介した、お前自身のエゴを見ている。

お前一人では見えにくいものが、対話という形式によって表層化し、解体が容易となる。

相手もまた、自分ということですか❓

わかっている通りだ、お前の。

それとも必要か? 確認が。

あなたの相手もまた、あなたです

私とあなた、と自分と他人を分けて考えるのが一般的ですが……。

実はそこに、隔たりなどはありません。

私と私、なのです。

ありがとうございます💡

言葉すると、やっぱり不思議な感じがします……これって何ででしょうか❓

指し示すものにしか過ぎないからだ、言葉とは。

言葉ではなく、言葉の指し示した先にあるものを見ろということですね❓

それが正しい扱い方だ。

取扱説明書は配布されなかったがな。

言葉は、ただの言葉です

「りんご」という言葉は「りんごそのもの」ではありません。

「りんご」を指し示しているに過ぎません。

言葉だけを追いかけると、言葉に翻弄され続けます。

言葉にその意図がなくとも「言葉が持つ特性によって」です。

僕たちの対話も、ようやくこうやって進みましたね❗

……初めてお会いした時は、どうなることかと心配しましたが💦

流れがあって、そこに委ねるのではない。

委ねるから、流れが生じるのだ、まさに。

これから先、僕が気をつけることはありますか❓

楽しめ『循環』を。

元々制御することなど出来ぬのだから。

もし仮に、お前が苦しくなってしまうことがあるとするなら、それは「お前が相手に何かを伝えなくては」と使命感が生じた時だな。

……気を付けます💧

「気を付けろと」は言っていない。

気を付けようが、付けまいが、そうなるときは、そうなる。

ならぬときは、ならぬ、それもまた、自然の流れ。

つまり「手綱は手放してしまえ」ってことですよね❓

『愛に委ねる』まさにそれ、だ。

ありがとうございます❗

愛に委ねてみましょう

愛が万能であることを忘れているだけです。
愛に委ねてみましょう。

少しずつ委ねるのなら、少しずつそれを現してくれます
思い切って委ねるのなら、思い切ってそれを現してくれます。

前者でもかまいませんが、それだと現れているものが微量で、気が付かないことがあります。
思い切って委ねてしまった方が、わかりやすく、むしろ「始めからそうして良かった」と感じるほど。

それには、あなたが手綱を引いていては叶いません。
手放す勇気は必要かもしれませんが、手放した先にあるのは、大いなる安心です。

それは、あなたが頑なに手綱を握りしめていた時とは、比べ物にならないほどの。