昔からの友人が男関係にダラしないのに困っている

昔からの友人が男関係にダラしないのに困っている
幼馴染とまではいかなくとも、学生の頃からの付き合いで、基本的には仲良く楽しく遊べる友人です。
ただ唯一、彼女のオトコ関係に困っています。
出会った時からそんな兆候があったので、今となっては仕方ないんですが、彼女の価値観にはついていけなくなってきました。
将来的なことを考えると、何か手助けしてあげた方が良いのかなとも考えています。

あと、友人に対してこう思うのは、自己嫌悪になってしまうんですけど……一緒にいるとたまに「私も同じように見られてたらどうしよう」と考えてしまいます💦

好きなファッションとかブランドとか、そういったセンスはすごく気が合うんです💦

それだけに、彼女のオトコ問題が唯一苦手というか……😓

一緒にいて楽しいはずの時間も、何かが引っ掛かってしまうと、途端に色々と考えてしまうことはありますね💦

問題というのは、実際に何かあったんですか❓

彼女と一緒に遊んでいる時に、流れで、彼女と仲の良い男友達2人と合流することになったんです👀

その男性2人ともが、彼女と肉体関係があったみたいで、私としては、どうやって話の対応をして良いのかわからなくなちゃって💦

ただ、問題……と感じているのは、もしかしたら私だけかもしれません😶

私から見たら問題に感じることがいっぱいあるけど、彼女はひょうひょうとした感じで、むしろそれを楽しんでいるようにも見えて💧

何度か彼女に注意というか「このままじゃ絶対に良くないよ」って警告もしたんですが、全く真面目に取り合ってくれず、他にも似たような問題が、沢山起こっています😓

お話ありがとうございます❗

あなたが問題だと感じたら、あなたの内側に、そこに至らせる何かがあります💡

それは「あなたが問題にしなければ問題にならない」といった厳しい意見ではなく、そこにキーが隠れているんじゃないでしょうか❓

「私が問題にしなければ問題にならない」ではなかったら、それはどういうキーなんですか❓

一番は彼女にちゃんとして欲しいし、しっかり将来のことも考えて欲しいんです💦

私が問題にしなかったら、私との友人関係は問題ないけど、それだとやっぱり、彼女の将来の幸せが遠のいちゃうんじゃないかって、心配してるんです😥

つまり、言い方を変えると……「私の言う通りにしてくれたら、彼女は幸せになれる」ということですか❓

それはもちろん、私が保証できるわけじゃないですけど……少なくとも一般的に考えたら、異性との関係で好き勝手にやってたら、幸せな家庭を築くことなんて絶対に不可能じゃないですか😫

そこがキーかもしれませんね❗

彼女が幸せになる為には、やっぱりちゃんとしなくちゃいけないってことですか❓

そうではなく……あなたが《幸せ》と〈その他の条件〉を関連付けているところです。

あなたが大切にしている価値観は、あなたが許せないものでもあります

あなたが考える「良くないこと」をしている人。
その人が「良くないこと」とは、全くの無関係に《幸せ》になっていたら……。
あるいは〈不幸せ〉になっていたら……。
あなたにはどちらが心地良いと感じますか?

何かを大切にするというのは、とても尊いことです。
しかし、そこに「比較」が含まれると、大切にすればするほど、苦しめられることにもなります。
「△△よりも○○の方が良いはず」といった形の比較です。

あなたが大切にしている分、人がそれを大切にしないことが許せなくなります。
自分とその人に、関係があると認識すればするほどです。

お伺いしますが……彼女がこの先も男性関係に自由奔放に過ごしても、それとは「無関係に幸せになる」のはいけないんでしょうか❓

いけないことないけど……それは無理じゃないですか❓

無理じゃないケースは、きっと沢山あると思いますよ❓

私の知らないところには沢山あるかもしれないけど……けど、そういうのは幸せとは呼べないと思います❗

そうすると《幸せ》とは、あなたのモノサシが判断するものですか❓

そうじゃないですけど……けど、これは一般的な話です❗

すると〈一般的〉と、あなたのモノサシはイコールでしょうか❓

少なくとも私のモノサシは〈現代に生きる女性が大切にすべき価値観〉からはズレてないと思います❗

あなたの友人である彼女も、同じ時代に生まれ、あなたと共に過ごした時間もありますが、まるで価値観が違うのは、彼女の方がズレていて……だから彼女は幸せにはなれないのでしょうか❓

……なんで一般的な意見の私の方が「悪い」みたいになってるんですか💦

じゃ「幸せは人それぞれだし、別に良い」ってことでかまわないですよ😭

いえいえ、よく見てみましょう👀

「幸せは人それぞれ」ではなく……「幸せは何かに関連付いているべき」と、あなたが認識していることです💡

だって、幸せが何かに関連してるなんて、当たり前じゃないですか😭

でも、当たり前じゃないかもしれませんよ❓

あなたは彼女に幸せになって欲しいですか❓

当たり前です❗

彼女は、あなたの思いや考えとは〈全く無関係に〉幸せになっても良いですか❓

だからそれは、そうなれば良いけど、実際は無理じゃないですか😓

……ってこれじゃ話がループしませんか🤯

その通りです❗

あなたが、あなたの持っている価値観、モノサシ……今度は〈固定概念〉と呼びましょう……固定概念に気が付かないまま過ごすと、あなたの周りに展開する現実と相まって、問題の出来事が、必ずループするのです❗

永く掛けすぎたサングラスに気が付けない

あなたは部屋の明かりを付けます。
思ったよりも明るくならなかったのですが「ま、こんなもんなのかな?」と納得します。

しばらく経つと「やっぱりこれはおかしい」と思いました。
「電球が壊れてるんじゃないか」と、電気屋さんに買いに行きます。

電気屋の主人は言いました。
「これも前のと変わらないと思うけどね」

あなたはそれを手に入れ、電球を取り付け直し、スイッチを入れました。
「……ま、こんなもんなのかな?」と納得します。

しばらく経つと……「やっぱりこれもおかしい」と、また思いました。

おわかりになりますか?
これが何度も繰り返されます。

やがてある日、電気屋の主人はあなたに言いました。
「いつも似合ってるね、そのサングラス」

○○であれば幸せになれる、△△したら幸せになれない……といった関連付けは、無意識で行われることが多いです🙌🏻

あなたがそれを「一般的」や「そう常識と習った」や「誰々がそう言ってた」など、根拠となるもので固めると、さらに気が付くことが難しくなります💦

先の例に倣うなら……《幸せ》とは、できるだけ明るくて新品の電球を手に入れることではなく、あなたが掛けているサングラスを外すことなのです💡

すでにあなたの部屋に備え付けられた電球は、無茶苦茶明るいのです💡

どれくらい明るいかというと「サングラスを掛けてないと目がくらんでしまいそうになるくらい」の明るさです👀

じゃあサングラスを掛けていて正解なんじゃないですか❓

日陰から急に日向に出た時、一瞬目の前が真っ白になって、見えなくなることがありませんか❓

それと一緒で、目がくらんでしまいそうになるのは最初だけで、むしろサングラスをはずした方が、あなたは部屋の隅々までがよく見えます👀

あなたがこれまで、友人である彼女にしていたのは、サングラスを掛けたまま、部屋を覗いて「その部屋、すごく暗いから、うちの電球と一緒のに買い替えた方が良いよ」と言い続けていたことです💦

……じゃあ私がサングラスを外したら、彼女の部屋はどう見えるですか❓

彼女の部屋も、光り輝いて見えますよ💡

あなたの部屋と一緒です❗

どっちの方がより光ってるとかは、あるんですか❓

どっちも光ってますよ⭐️

自然に咲いた、夏のひまわりと、冬のスイセン、どちらの方がより美しいでしょう❓

それは決められないですけど……

でも、お花屋さんで買おうと思ったら、値段はそれぞれ違うじゃないですか❓

そのご質問に答え続けても一向に構わないのですが……

ただ、例えを例えで解釈し続けようとするのも、先に上げた〈固定概念〉の成すところです🙌🏻

あなたが、あなた自身の固定概念を、納得させようとしても、なかなか難しいですよ💦

これもまたループするか、最後に無理やり〈思い込む〉形で終わります💧

じゃあ結局、私は彼女に対して、どうしたら良いんですか❓

まず先に《あなたが幸せに在る》べきです💫

新しい電球を買いに行く(Doing)ではなく、サングラスを外したあるがままに戻る(Being)がキーです⭐️

あなたが今現在そう見えている、彼女の問題は、あなたの『Being』によって、自然と解決しますよ💡

それはあなたが「無理やりそう思い込む」のではなく、あなた自身も心から腑に落ちるような形になります🙌🏻

本当ですか❓

私もそんな風に納得できるんですか😓❓

疑いながらサングラスを外そうとも、信じ込みながら外そうとも、外せば明るくなるのは一緒です♪

サングラスの外し方講座【第1回】

本当の「サングラス」だとして。
もしそんな講座が開かれていたら、あなたは参加しますか?

そこで説明されるのは次のことです。
「サングラスを外すには……サングラスを外してください、以上!」

サングラスを外すのが難しいと考えられるのは、どうったケースでしょうか?

まずそもそも、サングラスを掛けていることに気が付いていないケース。
先にも挙げた〈固定概念〉が当たり前になりすぎて、気が付くのが難しくなっている。

そして、サングラスを外すことそのものを難しく考えすぎているケース。

講座ではこんな質問が飛び交いました。
「右手と左手はどっちを使えば良いんですか〜?」
「両手の方が良いって聞きましたけど本当ですか〜?」
「それよりも、息は吸っていた方が良いか、吐くほうが良いか、どっち〜?」
「○○によると、まだタイミングじゃないので、待った方が良くないですか〜?」

みんな思ったり考えたりは懸命ですが、まだ誰もサングラスに手を付けません。
やがて時が経つと、掛けていたサングラスの色や形を、それぞれが自慢し出しました。

すでに外していた人が、他人のサングラスを外そうとしても「触らないで!」と頑なに拒みます。
サングラスを長い間着用し過ぎていたせいか、サングラスを自分自身だと勘違いしたのです。

つづく(かも?)