新型コロナウイルス問題のこんな時代に子供を作ってしまった後悔

新型コロナウイルス問題のこんな時代に子供を作ってしまった後悔
今月末には出産予定です。
当たり前ですが、日本中、いや世界中で、こんな問題になるとは思いもよりませんでした。
元々、あまり望まない妊娠だったということもあります。
それでも自分に良く言い聞かせて、出産間近まで来たのですが、今になって妊娠したことを後悔してしまうし、生まれくる赤ん坊にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

時期も時期なので、夫に気持ちを打ち明けることもできません😢
何より、新型コロナウイルスの問題は、夫の仕事にも多大な影響があり、私たち夫婦だけでも、どうしたら良いのかわからないのに……そこに赤ん坊までとなると、毎日不安でいっぱいになってしまいます😰

もしこんな問題が起こるってわかってたら、絶対に妊娠したくなかったですし、早い段階で堕ろす決断をしていたかなと……そう考えてしまう自分にも嫌気がさすし、子供に罪は無いのに、色々考えてしまいます😓

「たられば」と思考してしまう時は、大抵ぐるぐると迷って混乱してしまいますよね。ましてや自分だけのことではない。何がベストなのかと、正解を探すだけでも心労になり、本当にお辛いことだと思います💦

ここまで来ると、もうどんな選択をしても、不正解な気がしてしまうんです💦

一旦「当事者」から離れて考えてみることはできますか❓

どういうことですか❓

例えば……これはあなたには縁もゆかりもない「どこかの家族の話」です。

はい……💧

例えばに、例えばを重ねてしまいますが……その家族に生まれる〈赤ん坊自身〉が、時代も場所も両親も、選んで生まれてくるとしたら……その理由には、どんなことが考えられますか❓

そんなことってあり得るんですか❓

ですから「例えばの話」で……もしそうであるなら、何故だと思いますか❓
こんな激動の時代にピンポイントで生まれてくることを選択する理由って、一体何なのでしょうか❓

つまり、自らが困難だとわかっていて、それを選ぶ理由ってことですよね❓
……私だったら、もっと安全なタイミングで、更に裕福な家庭に生まれることを選びますが😥

“あえて”困難な状況を選択する理由があるのなら、それって何でしょう❓

う〜ん……正直ピンときてないんですけど😓
……私、昔はよくゲームにハマってて、何回かクリアした後は、難しい〈ハードモード〉を選択してたんですけど、そんな感じなんですかね❓

そのゲームでは何故〈ハードモード〉を選ぶのでしょう❓
簡単な〈イージーモード〉を楽しみ続けたって良いと思うのですが💫

あまりご存じないかもしれませんけど〈ハードモード〉じゃないと得られないアイテムとか、現れないキャラとか、開放されないイベントとか、そういうのが結構あるんですよ✋🏻

それに上手くなってくれば、難しいのをクリアしていった方が楽しいし、上級者にもなれば、同じゲームをやっている人たちの中で、どんどんランキングが上がっていけます❗

つまりは、そういうことなんじゃないでしょうか❓

赤ん坊が両親を選んで生まれてくる?

まるでおとぎ話ですが……。
しかし、そう考えてみるのは、いかがでしょうか。

あなたがどれだけ妊娠や出産に迷った経緯があったとしてもお、赤ん坊自身が、100%それを納得して、選択したのだとしたら。
時代が同じでも、家庭が異なれば、ケースはその数だけあります。

その中で、あえて〈あなた〉の胎内に入ることを選択したのだとしたら。
その理由も、人の数だけ存在するのです。

じゃあ、赤ん坊の自己責任だから、仕方ないってことですか❓

赤ん坊は、全身全霊で『愛』を信頼しきってるのではないでしょうか❓
つまり『ここに生まれて大丈夫だ』と💡

赤ん坊は大丈夫なのかもしれませんけど、私も夫も全然大丈夫じゃありません💦

それすらも大丈夫だと、信頼しているのですね、きっと🙌🏻
『愛』とは無条件なので「これが解決されてたら大丈夫かな?」みたいなことはないのです❗

私がこんなにも不安に苛まれて、夫の仕事もどうなるかわからなくて、世間的にも安全の問題がどうなるのか見通しがなくて……それでも「大丈夫」と言うんですか❓

本当に凄いですよね❗
それでも『大丈夫だ』と言えてしまうのが『愛』なのです❗

さらに付け足すなら実際にも大丈夫なのが『愛』の素晴らしいところです❗

本当に「大丈夫じゃない」なら、それは選択肢には現れないし、そもそも認識できません

例えそれが、どんなに困難な道のりに見えても、です。
あなたにとっても、あなたの愛する男性にとっても、あなたの愛する子供にとっても、そのタイミングでそれが訪れたということこそが『大丈夫』という証そのものです。

しかし、それを不安に思ってしまうのも無理はありません。
何故なら『大丈夫』には「大丈夫じゃない」という概念が含まれないので、大丈夫の確認ができないのです。

別の例えで見てみましょう。
「あなたは今ここにいますか?」
「いる」と答えればいるし、反対の「いない」と答えても、それは「いない」と答えるあなたがいますよね。
さらには答えなくても、答えないというあなたがいるだけです。

『大丈夫』も全く同じです。
何をどう確認して、どのような答えが見えても、見えなくても、ただ『大丈夫』なのです。
信頼してください。

先ほどあなたが挙げてくれたゲームの例えで言えば……どれだけゲームの難易度が難しくて、ゲーム内の主人公がどんな困難な状況に陥って、どれだけ傷付こうとも、あなたはいつでも大丈夫ですよね❓

それって赤ん坊がゲーム内の主人公で、母親である私がコントローラーを持つプレイヤーってことですか❓

いいえ、あなたが普段「これが私です」と思ってるものがゲームの主人公です💡
主人公のあなた中心で見れば、赤ん坊は登場キャラですね👀
プレイヤーは《本当のあなた》です⭐️

……正直ピンときてません😓
プレイヤーの《本当の私》が上手にプレイしないとダメって話ですか❓

いいえ、そもそもこのゲームを創ったのも《本当のあなた》なので、何があっても『絶対に大丈夫』なのです❗️

全然そんな風には思えませんよ💦
今の私には「大丈夫」だなんて1ミリも感じられません😫

もし、あなたがプレイするゲームの主人公が「この状況が大丈夫だなんて、1ミリも感じられないよ」と発言していたら……あなたはどう思いますか❓

そりゃ確かに「全然大丈夫だから」って思うし、ゲームなら、大抵それはワクワクする状況だし、その後にはボーナス的な何かが待ってますよね🎮

しかもゲームを創ったのも《本当のあなた》なのですから、それを信頼して大丈夫じゃないですか❓

でも当たり前ですが、実際の現実は違いますよね❓

ゲームの主人公にとっての〈現実〉とは、何処を指しますか❓

それはもちろん、ゲームの中です📺

……もしかして、今の私にとっての〈現実〉も、それと同じってことですか❓

そうです❗
ただ、ゲーム内のキャラクター同士が会話し合っても「ここがゲームである」ことを証明できないのと同じで、それに気が付くのはプレイヤーに委ねるしかないのですね。気が付くには、気が付くタイミングがあります💡

でもわからないんですけど、結局ゲームであろうがなかろうが、私の現実が厳しいものには変わりないですよね❓
率直に言わせてもらうのなら、私が知りたいのは、私が安心できる方法なんです😭

例えばもし《本当のあなた》が、あなたの為にゲームを創ったのだとしたら、あなたに何をしてもらいたくて、何を感じてもらいたかったのでしょうか❓

安心できる状況や環境を欲しがっていると見えにくいですが、状況や環境に関わらず安心できると知れば、このステージは晴れてクリアになります。クリアしなければ、ステージ課題は姿かたちを変えながら、あなたの前に現れます❗

それってつまり、クリアしないと、子供が生まれてからも、子供が何歳になっても、ずっと安心できない〈不安な状況〉が続くってことですか❓

不安な状況があるから、安心できないのではありません🙌🏻
安心できないことが、不安な状況を創り出しているのです❗ 

それを知ること、気が付くことこそが、ステージクリアです💡 

……私にクリアできますか❓

《本当のあなた》が、あなたの為に創ったゲームだとしたら、あなたに全くクリアできないものを提供しますか❓

しません😮

だから『絶対に大丈夫』です❗

本当のあなたは『愛』そのもの

愛を信頼してみてください。
思い切って。

これまでは思い切れなかったので「そこに信頼して良い愛なんてものがあるのかどうか」疑って、委ねられなかったのでしょう。
愛はいつでも大丈夫です。

例えあなたが「大丈夫じゃない」と言っても思っても感じても、大丈夫です。
「大丈夫じゃないように見える」としても、大丈夫です。

愛とは、日常を過ごす小さな自分には、測りきれないほど、壮大です。

そして、本当のあなたは『愛』そのもの。
大丈夫じゃないことなどあり得ません。
“あり得ない”のです。

今ここに、あなたが存在することこそが、その証明です。