ずっと仕事のできない同僚へのイライラが止まらない

ずっと仕事のできない同僚へのイライラが止まらない
私が何度教えても、全く仕事ができない会社の同僚に腹が立ちます。
人には向き不向きがあって仕方ないのはわかるけど、仕事として「いくらなんでもそれは」と思わされることばかり。
あまり口出しし過ぎてもダメだけど、ちゃんと口出ししてあげないと、私の方にまで被害を被ってしまうので、そうせざるを得ません。
こんな同僚のフォローまでしているのに、上司は私のことをちゃんと評価しているのかわからないことにも、苛立ってしまいます。

今は同じプロジェクトのチームなので、無視するわけにもいきません🥵
もし私が2人とか3人居たら「全部解決するのに」と考えてしまいます💦

お仕事お疲れさまです🙏🏻
大変な状況なんですね❓

「無駄に大変にさせられてる」って感じですかね😩
その同僚が居なかったら、もっと効率が良いのに💧

色々思うところはあるでしょうが……ただ、そういった思考というのは〈コントロール欲求〉だったりするんですね💡
何かを自分の思い通りにしたい、ならないから余計にそうしたくなる、といった感じで🙌🏻

たとえ〈コントロール欲求〉だとしても、私の思った通りに動いてくれたら、仕事の効率は大幅にアップするし、結果みんながハッピーになると思うんですが、違いますか❓

お伺いしますが、あなたの利き手はどちらですか❓

右利きですけど🙁❓

もしその右手が、左手に対して「お前は不器用だからいけないんだ」と責めていたら、どうでしょう❓

それは同じカラダの中の話だし、違うと思います😑
私と同僚は別人です🥵

そうなんです❗️
「私とあなたは違う」という〈分離〉の認識が、全ての人間関係の悩みの源なのです💡

職場全体を「ひとつのカラダ」だと捉えてみましょう

右手が左手の不器用さを責める時、左足は右手にこう言うでしょう。
「お前は歩くことには対して貢献もしてないだろう」

役割は、みんな異なるから、全体で大きなチカラを発揮するのです。
例えそれが、一見何の役にも立っていないように見えても、です。

〈適材適所〉という言葉がありますが、これは1つの視点からでは決められません。
もし仕事の出来ない仲間が居ても、ある分野では他を圧倒する何かを持っているかもしれません。

秀でた能力が無いように見えても、それはあなたが発見出来ないか、見えていないだけなのかもしれません。

もしそうだとしても、身体の中には無駄なものってありますよね❓
髪の毛や爪は伸びてきたら切るわけだし、いくら「ひとつのカラダ」だと捉えても、ちゃんとみんなが効率良く働くには、時には無駄を省かないとダメだと思いますよ😤

もっとマクロな視点、例えば社会全体を「ひとつのカラダ」だと捉えると、いかがでしょう❓
その《循環》の中では「無駄を省いてる」わけではなく、単にエネルギーが流れているだけなのです。流れの1つに〈無駄〉というラベルを付けて呼んでいるだけかもしれませんね🙌🏻

確かに、そう見たらそうなのかもしれませんけど、でも現実問題として、同僚に困っているのは変わりませんよ😩
いつまで経っても仕事が出来ないし、かといって「辞めろ」とまでは言えないし、言う立場には無いし、私ばかり苦労している気がします💦

では、先ほど挙げた〈コントロール欲求〉の点に戻ってみましょう👀
あなたには「苛立つ出来事」があり、それを「コントロールしたい」と思っています👆🏻

ハッキリ言って、その通りです🙁

でも実はここが逆です❗
「コントロールしたい」と思うから「苛立つ出来事」が創り出されるのです💡

自分の内側が、外側に映し出されているのを、理解しましょう

あなたの周りには様々な出来事が起こりますが、それは全て、あなたの内側が映し出したものです。
なので、映し出された外側をコントロールしようと躍起になっても、徒労に終わるでしょう。

そして「コントロールしたい」という内側の欲求が、また外側に反映されるので、そのままその通り〈コントロールしたいと思わされる出来事〉が沢山創り出されます。

また〈コントロール欲求〉は、あなたのエゴです。
エゴとは、普段あなたが「私だと思っている私」になります。

エゴにとって欲求を手放すことは、自身の死活問題なので、あらゆる根拠で、欲求を保持しようとします。

「私の方が正しいんだ」という思考が〈私〉であることを強固にします。
エゴは〈私〉が強くなると喜ぶのです。

しかしながら、エゴの行き着く先はありません。
それは「永遠に終わらない欲求の旅」です。

もし仮に、その同僚が、別のチームに移っても、それこそ別の会社に移っても、あるいはまた、急に仕事が出来るようになっても、あなたに訪れるのは〈コントロール欲求〉を起点とした出来事になります💦

それは、また「仕事が出来ないと思わせられる別の誰か」か、もしかしたら、あなたの方が「仕事が出来ない」と思われるような環境に移されることかもしれません💧

このイライラは、仕事のできない同僚のせいではない、ということですか❓

イライラの原因を、外側に見出すのだとしたら、現実は、手を変え品を変え、あなたにイライラを見せてきます。それこそが「永遠に終わらない欲求の旅」です。絶え間なく「コントロールしたい」と思わせられる何かを、突き付けられますよ🙌🏻

……そしたら、やっぱり無理矢理にでも、優しく接せられるように、努力すべきなんですか❓

それもまた「優しく接すれば変わってくれるだろう」というコントロール欲求になります🙌🏻
イライラをぶつけるよりはだいぶマシかもしれませんが、根本的なところは解決しません💦

あなたが理解すべきなのは『現実は、私の認識の通りに、展開している』ということです❗️
あなたが「◯◯すべき」と認識すれば「◯◯すべきと思わせられる現実」が、あなたを中心として展開します💡

つまり私が「仕事はできないより、できた方が、あらゆる面で好ましい」と認識してたら「仕事はできないより、できた方が、あらゆる面で好ましい」と〈思わせられる出来事〉が、身の回りに沢山起こるってことですよね❓

実際そうではないですか❓
そしてその多くには苛立ちが伴っていませんか❓

その通りです😥

じゃあ私は何を変えたら良いんでしょう❓

是非とも認識を変えてみてください❗

外側を見て内側に影響されるのではなく、内側を決めて外側に映し出されていると、それに気が付いてみれば、様々なことが腑に落ちるのではないでしょうか❓

同僚を変えようとするんじゃなくって、私の認識を変えるってことですよね😅

その通りです❗

何かを変えたいなら、自分の認識を変えるのが、最も効率的です

それは〈効率的〉という言葉では収まらないほど、素晴らしい成果を発揮します。
もし「変わらない、変わってくれない」と苛立っていることがあれば、是非お試しください。

どれくらい時間がかかるか気になりますか?
時間は1秒もかかりません。
まさに『刹那』です。

こう述べると、変わったことの証拠探しをするかもしれませんが、それこそが〈コントロール欲求〉です。
「こうしたから、こう変わってるべきだ」と、巧みに姿を変えたエゴです。
〈コントロール欲求〉に気が付く度、それを手放しましょう。

これまでの蓄積から「時間がかかる」かのようも見えますが、安心してください。
その都度、あなたにとって必要な気付きが訪れます。

遠回りではありません。
あなたの認識が変わると、全てのことが繋がっていたことも、腑に落ちるでしょう。

大丈夫です。
現実にどんなことがあったとしても、その全ては、あなたの気付きの為に在ります。