全ての出来事は「私が選択した」と認めてみよう

難しいのは重々承知しています。
遠くの出来事なら「私には一切無関係だ」と、当然思われるでしょう。
遠くの出来事はひとまず置いといて、まず、あなたの身の回りの出来事を認めてみるのはいかがでしょうか?

それだって到底難しいですよね。
あなたは自分の責任ではない証拠も数多く知っているでしょう。
原因となる人物や物事を、確信的に挙げられるでしょう。

しかし、それでも。
『私が選択した』と認めてみましょう。
そもそも、何故それを『認める』のでしょうか?

1つ目。
「思い込む」ではなく『認める』のです。
何故なら、事実、そうなのです。

認められませんよね、よくわかります。
しかし、あなたが認めようが/認めまいが、事実なのです。
であれば、認めてしまった方が、メリットを享受できます。

2つ目。
メリットについて。
認めることは、あなたに選択の〈パワー〉を取り戻すことと同義です。
「私が選択した」のであれば『私が再選択する』ことも可能になります。

選択や再選択のパワーを、出来事の方に明け渡してしまうと、出来事に振り回され続けます。
あなたはパワーを取り戻すべきです。
『思い出す』といっても良いでしょう。